とある諍い(いさかい)
「これはこれはトラファルガー先生ではありませんか」
会議を終えた会場から出ようと席を立った時、離れた所から粘つくような声をかけられた。面倒なやつに捕まった。しかし、後悔しても後の祭りだ。見れば予想通り、自分まだ新兵だったときの上司がいた。
「もうこんなところに来れるような身分の人間になったんだねえ。君のような不安因子を佐官以上の地位につけるなんて、軍の上部は何を考えてるんだろうな。そう思わんかね?ん?」
それはこっちのセリフだ。コイツの所業は今思い出しても吐き気がする。敵兵を人権もクソもねえみたいに扱いやがって。あまりの所業が敵兵だけでなく民間人にも及び始めた時、さすがに目をつぶっていられなくなって内部告発をした。しかし、おれはあの時何の権限も持たないただの新米兵士だった。結果、おれは僻地に飛ばされた。さらにコイツは部下に全て責任を押し付けて、自分だけ悠々と軍に残っている。おれは今でも自分の爪の甘さに歯噛みしたくなる。
「上に従わない兵士は役立たずだっていうのにねえ」
その時、巻き起こった怒気は俺が発したものではなかった。とっさに左手を上げて怒りにこぶしを震わせているであろう男に静止の合図を出す。
「ルフィ少佐」
手を出したら負けだ。それでも、殺気にも似た怒気だけで相当の威力があったらしく、さっきまで下卑た笑いを浮かべていた顔が真っ青に染まっていた。ざまあない。もちろん、扱い次第ではこの場はこちらに不利だ。早くしないと麦わら屋が男を伸してしまうだろう。そうなると階級上、不敬罪で問われても仕方がない。
「昔話に花を咲かせたいのは山々なのですが、急ぎの用がありますので、失礼いたします」
先手を打って話し始めると、青ざめた顔をそのままに口をわななかせた。しかし、言葉は出ない。
「行くぞ」
人が殺せそうなほどの気を放った麦わら屋に言う。敵意をむき出しにしたままではあるが、俺の言葉は聞こえているらしく、おとなしく追随してきた。出口へと向かい、あと数歩で退室するといったところで、後ろから声が飛んできた。
「貴様、逃げるつもりか!?」
冷や汗を流しながら叫ぶ男にあきれ果てる。危機感知能力が大きく欠落しているとしか思えない。再び空気が緊張するのを感じた。さっさと切り上げるに限る。
「そう思いたいなら思っていればいいのではないでしょうか。現実がどうであろうとそれは自由ですよ?」
でも一つだけ言っておきますね。
「お前なんて殴る価値もねェ」
「悔しくなかったのかよ」
会場から離れた所で、呟かれた言葉に後ろを振り返ると、じっとこっちを見る麦わら屋がいた。
「それに、なんでそんなに機嫌がいいんだ?」
子どものようなに口をとがらせて言う。その様子に笑うことを我慢できなかった。いきなり笑い始めたおれに、麦わら屋を含めた周囲の人間が怪訝な顔をする。
「なんで、笑ってんだ?おれ、変なこと言ったか?」
心底わけが分からないといった様子で首をかしげる麦わら屋に理由を教えることにした。
「いきなり笑って悪かった。あまりにもガキっぽい言い方をするもんだから、ついな」
キッとまなじりを上げた麦わら屋の糾弾が口から飛び出す前に先を続ける。
「おれがイラつかないわけないだろう?」
「でも、ローは何にも言ってなかったじゃないか」
「おれが何か言う前に、麦わら屋が怒ったからタイミングを失ったんだ」
「あ、そうなのか?そりゃ悪かったな」
「いや、そこは別にあやまる所じゃねェ。むしろ嬉しかったしな」
そう、おれは嬉しかった。
「おれのために怒ってくれたんだろ?」
自分の立場なんて考える理性を凌駕する麦わら屋の感情が嬉しかった。
・
・
・
<< END >>