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とある手術の後








脳の手術ほど神経を使うものはない。数ミリ、いや数マイクロのミスも許されないという緊張状態が長時間に渡って行われるからだ。それが事故などで緊急に行われたものでなく、きちんと段取りをして計画的なものであれば、その日はほかに予定など入れない。入れられない。それぐらい気力も体力も使う。
「ロー!遊びに来たぞ!」
廊下で麦わら屋がこっちに向かってきたのを確認した。が、俺の疲れきった頭にその情報が回ってくるまで相当時間がかかったらしく、それを認識した時には麦わら屋は俺のすぐ傍まで来ていた。
「ロー?」
「麦わら屋。今日、この後に予定はあるか」
半分無意識で会話している自信がある。論理的思考なんてない。
「んー、無いぞ。だから遊びに来たんだしな」
よし決まった。麦わら屋の腕を掴むと主任室に引っ張っていく。
「え、ちょ、ロー!?」
もういい。あとのことなんて知らない。もう無理だ。この頃立て込んでいて碌に休息もとっていなければ、麦わら屋とゆっくりもできていない。今日はほかに仕事を入れないことぐらい病院の人間は全員知っている。というより、今日これ以上俺に仕事させやがったら辞表を出してやる。
「何かあっても絶対に呼ぶな。呼びやがったらソイツを消す」
病院のナースステーションの看護師達に早口に伝えて、その場を去る。後ろで看護師達が騒いだことなんて気にしない。



「いきなりどうしたんだよ」
そりゃそういう質問をするよな、普通。
「疲れた」
「は?」
「疲れたから寝る。お前も付き合え」
「あーなるほど。いいぞ」
相手の了承を得ると迷わず俺は麦わら屋に抱きつく。麦わら屋の方も何の抵抗もなく手を背に回して答えてくれる。そのまま前のめりに倒れてベッドにダイブ。これはなかなか気持ちがいい。
「しししっ!ローは時々あまえただな」
「ほっとけ」
好きなやつを押し倒しているというある意味おいしい状況なのに流れている空気は何ともほのぼのしている。でも、今はこのくらいでちょうどいい。俺の身体的な疲れも、精神的ダメージも癒される、まさに至福の時。麦わら屋が言うように俺は今甘えたい気分だ。ぐりぐりと鎖骨の辺りに頭を押し付けるとくすぐったいのか麦わら屋は身じろぎをした。それさえも押さえ込むようにきつく抱きしめ直す。まどろみながら聞く声はどこまでも穏やかだ。




「おやすみ、ロー」










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