麦わら屋との出会いは忘れもしない。というか忘れることなんて生きている間は絶対に無理だろう。それぐらい強烈だった。これはまだ俺が佐官になったばかりの頃の話。
とある空の雲模様
軍の新しい基地に向かう任務。大がかりな移動で、最大級の空母艦を中心とした編成が組んであった。軍用機の戦闘能力は最高レベル。と言っても任務としてはあくまで輸送であり、戦闘はほとんど想定されていなかったようだ。問題は軍隊編成。何とも気が抜けた話だと思う。お前らは旅行に行くつもりだったのかよ?しかし、そのためにあのようなことが起こり、そして俺はあいつと出会うことができたと思えば、ずさんな計画を立てた指揮官に感謝したい。まあ、その時の指揮官なんて顔さえ覚えてないのだが。
艦内に響き渡る緊急配備を知らせる音。混乱する船内。船医として乗っていた俺は、何が起こったのかを正確に把握するために走った。向かった先は司令官室。そこにも秩序なんてものはなかった。
「司令官。どうなってる。敵の航空機が接近してるってのは本当か?」
それに対する応(いら)えは無い。しかし、報告する声が耳に入ってきた。
「270°の方向、約1000kmに航空機5機を確認!」
「砲弾を撃っても5機全て墜とすまで、大きな被害がある危険性が高いです!司令官殿、いかがしますか!」
シミュレーションを試みる。確かに空母艦にある、もしくは共に行動している戦艦の砲撃で以って対抗するならそれくらいの被害が出るだろう。おかしい。なんで砲弾なんだよ。この艦隊にはあったはずだ。
「せっかく最高峰の軍用機が乗っているのに、どうして使わない」
「へ?あ!ロー少佐!失礼しました!」
「こんな非常時まで敬礼はいい。時間の無駄だ。それよりさっきの質問に答えろ」
「それが・・・」
そこでその兵は口ごもった。
「それが?」
「この艦隊に操縦者が乗っていないのです」
・・・は?
「航空機を操縦できる空軍がいないのです」
「・・・呆れた。どこの馬鹿がそんな馬鹿をしやがったんだ」
「黙れ!」
司令官と思わしき人物が叫ぶ。「自分です!」って宣言してるようなもんだぞ、それ。
「俺はただ輸送任務を受けただけだ!敵との交戦なんて任務に入っていなかった!」
「ガタガタ抜かしてんじゃねぇよ。今やるべきは敵をいかに抑え、被害を最小限にする方法を考えることだろうが」 「黙れと言ったのが聞こえなかったのか!軍医ごときが口をはさむな!」
「俺に命令するな。消されたいのか」
喚く馬鹿の頸元に抜き身の刃を当てる。
「き、貴様!ふ、ふ、ふ、不敬罪だぞ!」
「はっ。お前、大尉だろ。佐官の俺のほうが階級は上だ。不敬罪?むしろお前のさっきの発言が不敬罪に当たると思うぜ?」
自分の失態に気がついた男は歯噛みする。表情を見る限り、噛み締めている空気はとてもまずそうだ。刃を引いても男は騒ぐことはなく、それを確認してから刀を肩の定位置に戻す。
「混乱を生じさせるだけの指令官なんて指令官失格だ。これからの指揮は俺に任せてもらおう」
「・・・アイ・サー」
男がどいた指令官室の中央に歩を進める。その際、冷静さを取り戻した一時的な部下の肩を軽くたたく。あとを引かれても困る。上官としても軍医としてもケアは大切だ。
「大丈夫だ。任せろ」
顔を上げた男の目に絶望は無かった。
「船首を180°の方向に、主砲台と左方の砲台を270°の方向に向けろ。狙撃者は足りているんだろうな?狙撃台と連絡を繋げろ。絶対に切らすな。最初の発砲開始の指示は俺が出す」
「「「アイ・サー!!」」」
指令官を替わると言っても、俺に出来るのはこの程度だ。混乱していた現場を落ち着かせて最善だと思われる指示を出すだけ。これで迎え撃つことは出来るが、これらはあくまで受け身だ。明らかに不利な状況なのは変わりない。
「せめて一機でも使えれば真上からの攻撃を防ぐことができるんだが」
「少佐!」
「どうした」
「少佐に申し上げたいことがあると言う者が」
「こんな緊急事態の時に限ってか?」
「それが、戦闘機に乗せろ、と」
「どういうことだ。先に操縦できる空軍は乗船していないと報告を受けたが?」
兵士が困惑しているところを見ると、報告している本人も納得していないのだろう。
「イエス・サー。間違いありません。実はその兵士、陸軍なのです。普通ならば上官にお伝えせずに一蹴するところなのですが、とにかく指令官に会わせろとうるさくて」
面倒事はご免だが、小さいことでも放っておくと時に軍全体に影響を与えかねない。それはどこか動物の群れに似ている。そして動物はすぐに躾けるのが最も効果的だ。
「そいつを連れてこい」
「おめえが指令官か?」
どんなヤツが来るのかと思っていたが、これまた馬鹿丸出しのガキが来たもんだ。年の頃は10代の半ばあたり。軍の入隊試験は大丈夫だろうか、と不安になる。
「なあ、俺に軍用機1機貸してくれ!」
ああ、やっぱり駄目だ。今回、無事に帰ることができたら上に入隊試験の改善を申請しよう。
「おい、聞いてんのかー?」
「ああ、ちょっと待て、俺は今軍の未来について深く憂いているところだ」
「そんなの後にしろよ。今は時間がねーんだ」
「誰のせいだと思ってんだ」
時間がないのはこっちだ。
「単直球に言うぞ。飛行許可は出せない。あと、お前口調と服装を正せ」
「ええ〜!なんでだよ!せっかくあるのになんでこっちから行かないんだ?」
後半は完全にスルーかよ。
「当り前だろう。誰が陸軍兵士に最新の軍用機を貸すと思っている。宝の山を溶岩の中に放り込むようなもんじゃねえか。戦車ならまだしも、そんなことをやるのはただの馬鹿だ。」
仮に戦車でもガキみたいなお前には貸さないだろうけどな。こんな突飛なことを言い出したのも、子ども心に戦闘機への憧れと危機的状況の中での幼い正義感のためだろう。
「どうやったら貸してくれるんだ?」
「だから貸さねえって言ってるだろう。まあお前が今までの人生の半分以上を航空機の上で過ごしていて、今回輸送している機体にも乗ったことがあるっていうなら考えてやる」
冗談で言ったことだった。
「本当か!?」
まさか実在するなんて思っていなかったからな。
「信じられねえ」
「本当だから仕方ねーだろ」
聞けばこの男、幼い頃から航空機を乗り回しており、軍用機も珍しくなかったそうだ。
「なんで、そんな環境の家庭が存在するんだよ」
「あるもんはあるんだよ。あ、あの軍用機には1ヶ月前に乗ったぞ」
はぁ。ため息が出る。目の前の男が嘘をついているとは思えない。というか、コイツ嘘をついたことがあるのか。いや、ないだろう。
「なあなあ、いいだろう?貸してくれよ」
「貸したところでお前は何をしてくれるんだ?」
「何言ってるんだ?敵をぶっ飛ばすに決まってるじゃねーか」
やっぱり。
「たった1機で敵5機を倒せるはずねえだろう」
「えー。やってみないと分かんねーだろ」
「少佐!敵機500kmの位置まで来ました」
ああ、もう。
「分かった。貸してやる。好きにしろ」
「やったー!!」
「「「少佐!!!?」」」
いい加減キレてきたのかもしれねえな。
「おい麦わら屋」
準備を終え、コックピットに飛び乗ろうとしているのを引きとめ、注意を引く。
「ん?なんだ?」
「敵機到達マデ後400km」
無機質に敵船の接近を告げる大音声の艦内放送に声が掻き消されないよう、自分より少し背が低いヤツの目を覗き込むように近づく。それは口づけするくらいに近い。
「こんなところで命を落とすなんてつまらねえ。絶対に生きて帰ってこい。命令だ」
そこで初めてヤツは軍人らしい行動をした。
「アイ・サー!」
顔に浮かぶのは勝利の確信。
「行きましたね」
「ああ」
翼を得た子どもはまっすぐに空へと飛んで行った。凡人なら死を覚悟する戦地へ。たった一機で。まるで遊びに行くように。
「大丈夫でしょうか?」
司令官室に戻ろうと踵を返す俺と、話しかけてくる兵士。それは麦わら屋の報告をした兵士だった。
「これは俺の勘だが」
飛んで行った方向を見る。風向きは東。あいつにとっては追い風だ。
「砲弾は一発も使わなくても切り抜けられるだろうよ」
そして俺の予想は当たったのだった。
麦わら屋との出会いは忘れもしない。というか忘れることなんて生きている間は絶対に無理だろう。それぐらい強烈だった。これはまだ俺が佐官になったばかりの頃の話。
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豆腐の角で頭ぶつけてくるbySSF