とある軍病院のひとこま
白い廊下を歩いていると不意に後ろから声がかけられた。
「ロー!」
自分の名前が呼ばれれば大抵の人間は振り向く。俺もその例に漏れない。
「あー?麦わら屋じゃねえか。おまえがここに来るなんて珍しいな。どっか怪我した・・・ってわけじゃなさそうだな」
「ああ、俺じゃなくてゾロが怪我したんだ」
聞けばとある犯罪グループを制圧するときに最前線にいたため多数の傷を負い、それによる出血多量で運び込まれたらしい。そういえば昼前に書類が渡されたような。いつも通りの入院届だと思って碌に目を通してもいなかった。自室に戻ったら書類の整理だな。
「明後日には退院できるらしいけど、ゾロのヤツ今日出るって聞かねえから困るよなー」
「医者として確かにそれは困るな。お前は自分の右腕がいなくても大丈夫なのかよ」
「んー。とりあえずあいつらはぶっ飛ばしたから大丈夫だろ。それにもし何かあってもナミやサンジ達がいるしな」
なるほど。それがロロノア屋の退院したい理由だな。
「俺としてはゆっくり休んでほしいんだけど、明日には退院するかも知れないからそんときはヨロシクな」
「あー、入院日数やカルテならいくらでもどうにかしてやるよ。いまさら改まって言わなくてもいい」
いつもこっちは巻き込まれる側だ。とやかく言ったって仕方ねえ。
「しししっ!ありがとな!!」
俺が向かってた方向は丁度正面ロビーの向こう側だったために、自然と進行方向が一緒になる。
「それにしても麦わら屋の部隊は大変そうだな。怪我が多くないか?」
「そうか?タイヘンと言えばローの方もタイヘンじゃねーか?ロー、昨日も寝てねーだろ。いつもよりクマが濃いぞ」
なんで気づくだ、コイツ。いつも苛立つくらい鈍いくせに、こんな時は誰よりも鋭い。
「俺、そういうのをなんて言うか知ってるぞ!医者のヨーヨーって言うんだぞ!」
「・・・お前の言いたいことは『医者の不養生』でいいか?」
「あ。そうかもしんねー」
まあ、コイツにしては難しい言葉を使おうとする程度には知っていたってことで褒めるに値するだろう。麦わら帽子をすとんと首にかけた状態にしてから黒い頭をガシガシと撫でる。
「わ、何すんだ」
「よくできたご褒美がガキには必要だろ」
「ガキって言うな!」
ムキーッと麦わら屋は腕を振り回していたが本気じゃないようで俺の手を振りほどかない。俺も信頼されたもんだなあと口端が持ち上がる。思った以上にさわり心地がよくてもう片方の手を上げたところで怒声が聞こえた。
「どうせ、俺の人生はダメになっちまったんだ!!」
ヒステリックな叫びは正面ロビーにほど近い病室の一室からのものだった。
「幸せにのうのうと生きている奴らを見るとイライラする!殺してやる!!」
部屋から一人の男が飛び出してくる。手に持ったピストルは外来患者に向けられている。
「なんだ?あいつ」
一瞬にして穏やかな午後の待合室から阿鼻叫喚の場へと変わった空間で麦わら屋が呟く。俺はわめき散らしている年若い男を一瞥すると深くため息をついた。
「この前、軍の演習場で軍用機一機がダメになった事件はお前も知っているだろう?その時のけが人の1人だ。本人の怪我は軽かった上、他に影響も出なかったんだが、責任問題の的に上がったらしい。変にエリートだったために気が立っていると連絡が来てる」
責任と言っても3ヶ月の謹慎だがな。がたがた言うなんて肝が小さい奴だぜ。
「ちょっとぶっ飛ばしてきていいか?」
「待て、麦わら屋。お前が暴れると正面玄関が吹っ飛ぶだろうが」
「心配すんなって。そんなことしねーよ」
あいつは満面の笑顔を浮かべて爆弾を落とした。
「ちょっとローの仕事が増えるだけだ」
次の瞬間男の声が止められた。顔を半分床にめり込ませるという形で。唖然とした外来患者を気にすることなく麦わら屋は俺を見る。
「なっ!」
その得意げな顔を見ると怒る気がそぎ落とされ、粉々に砕かれ、塵となったように感じた・・・気がした。
「俺の仕事を増やすな」
男を病室に戻し、適当に手当てを担当主治医に任せる。どうやら彼の力で抑えられなかったために今回の事件は起こったようだ。担当を交代させる必要があるかもしれないが、これも経験だと思って退院までキッチリ看てもらう方が今後のためになるだろうな。
「ま、後日考えるか」
「ん?何をだ?」
「お前への制裁をどうすべきかを」
「えぇ〜〜!ちゃんと謝ったじゃねーか!!」
「あれだけで終わらせるほど俺は優しくないね」
後で床の修理も業者に頼まなきゃいけねーなー。修理代はさっき俺に殴られた所をさすっている隣のバカから徴収しとくか。
「ぶー。医者のくせに人を怪我させたらいけないんだぞ。ローはオウボウだ」
「どこがだよ。人の話を聞かずに突っ込んでいったヤツをちゃんと躾けてやったんだぜ?俺ほどいい人はいないの間違いだろうが」
全くコイツはホントにガキか?膨らませた頬を指でしぼませながら思う。まだぶつぶつ言ってるのを軽く往なしていると、麦わら屋の目が受付に止まる。そしてカウンターの上にあった時計を見ると顔を青ざめさせた。
「麦わら屋?」
「やべえ!ナミに30分で帰って来いって言われてたんだった!!」
時計を見ると俺と麦わら屋があってから軽く1時間は過ぎている。つまりコイツは優秀な部下の言いつけた時間を大幅にオーバーしていることになる。
「うわー。ナミのヤツすっげえ怒ってるだろうな」
そそくさと麦わら屋が外に向かう。
「ん、じゃあ俺行くな」
ふと、麦わら屋は踏み出しかけた足を止める。
「ロー、倒れないぐらいに仕事はしろよ!」
「お前が言うか?人の仕事増やしやがって」
「わりぃわりぃ。でも、怪我人は出なかったからよかったじゃんか」
ため息を吐いて、それもそうかと顔を上げる
「お前もあんまり無茶するなよ。と言っても聞かないだろうけどな」
「しししっ!その通りだ!」
「じゃあまたな!」
「おー、またな」
これが俺の日常
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ちょっと頭冷やしてくるbySSF