03今日から君の家
愛車は、ほとんどの自動車の造りがオーナーは後部座席となった今でもオーナー・ドライバーのスタイルを貫き通す会社でつくられたもので、乗り心地がよくて大変気に入っている。それは助手席に座った幸村にとっても同じことだったようで、うとうとしているのが横目で確認できる。昨日あまり眠れなかったのだろう。眼の下にはうっすらクマができていた。それに加え先ほどの別れだ。
(あ〜あ、泣かせるつもりじゃなかったのに)
3年弱とはいえ、幸村にとっては第二の故郷とも言える場所だ。幸村はもちろん、見送る側も別れを惜しむのは必然だろう。
『遊びにいらっしゃい』
『元気にね』
施設の人達の言葉は幸村の瞳に涙の膜を張った。車に乗り、遠ざかる施設を見ながら幸村は静かに泣いた。
施設はとっくの昔に見えなくなった。幸村はこくりこくりとしては目を覚まし、頭を振ってなぜか起きていようとしている。
「一回ぐっすり寝ちゃいなよ。まだ俺の家は遠いから」
幸村はよほど眠いのか、舌っ足らずな声音で言った。
「・・・こわいからいい」
「恐い?」
佐助は首をひねった。幸村が何を指して恐いと言っているのかが分らなかった。
「目を覚まして、いなかったら・・・」
そこで言葉は途切れたが、佐助は合点がいった。幸村が恐れているのは自分がいなくなることだったのだ。安全地帯とも言える施設から離れ、初めての場所に行く。唯一すがれる対象は己。
「大丈夫。いなくなったりしないよ」
片手で頭をなでる。
「ゆっくりおやすみ」
手をステアリングに戻した時、幸村は寝息をたてていた。
マンションの駐車場に車を止め、シートベルトを外しながら、幸村を起こす。
「幸村、着いたよ。起きて」
「・・・う〜ん、んん・・・」
助手席にまわって幸村のシートベルトを外してやったが、幸村は未だに夢の国をさまよっているようだった。
(ま、いいか。抱えていっちゃえ)
そっと身体の下に腕を入れ、頭をぶつけないようにして車の中から抱え上げた。
温かい座席から離れた所為か幸村は佐助にすり寄ってきた。
(ヤッバ、この子軽すぎ。絶対40ないね)
そのままエレベータの方へ向かう。
「ううん〜。さるとびどの?」
「あ、起きた?」
網膜の血管でセキュリティーを解除するタイプでよかった、とぼんやり考えつつエレベータに乗ってると幸村が身じろぎした。
「もうすぐ着くよ。立てる?」
幸村がしっかり立ったところで、タイミングよくエレベータが止まった。エレベータから一番離れた角部屋が佐助の家だ。招き入れて、幸村を振り返った。正面からできるだけ優しく言う。
「幸村」
「?」
「おかえり」
彼は目を見張り、半ば茫然となった。やっと理解できたのか、十分時間が経ってからポツリと答えた。
「・・・ただい・・ま・・・」
そう、君は今日からうちの子。
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